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VOl.5 ラグビーの聖地!「東大阪市花園ラグビー場」

1929年(昭和4年)の11月22日に日本最初のラグビー専用グラウンドとして花園ラグビー運動場が出来上がりました。

花園ラグビー場は、「春夏の甲子園」に対して「冬の花園」と呼ばれ、全国の地区大会を勝ち抜いた高校が花園ラグビー場に集まり、全国高等学校ラグビーフットボール大会が行われます。花園で開催される全国高等学校ラグビーフットボール大会は、毎年12月末から翌1月の始めにかけて開催され全国の高校ラガーマンが聖地花園を目指してやってきます。大会に出場することを、「花園に行く」と表現されたりもします。

この高校ラグビーの聖地としての花園はいつごろから始まったのか調べてみました。

そもそもラグビー場はいつ、なぜできたのか?

1928年(昭和3年)10月に秩父宮様が橿原神宮にご参拝のため近畿日本鉄道株式会社(当時は大阪電気軌道)の電車に乗っておられたときの事です。「沿線にはずいぶん空き地が多いじゃないか。この辺に今台頭しつつあるラグビーの専用競技場を作ったらどうか。乗客も増えて会社も利益を得るのではないか」というお話をされたことがありました。その時は大阪電機軌道の重役は冗談だと思って聞き流したのですが、2度目に秩父宮親王が大阪電機軌道に乗った時「ラグビー場はまだ出来ないの?」と言ったので、大阪電機軌道の幹部は「殿下は本気だ」と悟り、慌ててラグビー場を建設したのでした。そして日本初のラグビー専用の花園ラグビー場が誕生したのです。秩父宮親王は「スポーツの宮様」と呼ばれるほどのスポーツ好きで、特にラグビーを好んでいました。もちろん、秩父宮ラグビー場の名称の元になったのは言うまでもありません。

花園=高校ラグビーの聖地はいつから?

全国高等学校ラグビーフットボール大会は1918年(大正7年)に大阪府豊中市で最初スタートしました。そしていくつかの会場を経て、1963年第42回大会から花園で開催されるようになりました。(それ以前は高校野球の球場でもある甲子園を使用したこともあるそうです。)それ以来、50年以上も花園が高校ラグビーの聖地として目標の地となっています。

ついに、花園ラグビー場がベールを脱ぐ!

2019年ラグビーワールドカップ日本大会に向けて改修中であった、東大阪市花園ラグビー場がついに完成します。700インチの大型ビジョンや、今までなかったナイター設備。バックスタンドもベンチシートからセパレートシートに変更し、青文字で「HANAZONO」と見えるよう設置。「HANAZONO」の文字は東京からの飛行機で、上空から確認できます。10月26日には、花園ラグビー場のこけら落としとして日本代表戦が行われます。

花園ラグビー場だけじゃない東大阪の盛り上がり!

東大阪のおもてなし料理として、東大阪市が『ラグビーめし』を開発したのはご存知でしょうか。ラグビーのまちをアピールしようと、公募で全国から集まった45品のうち20品を市が『ラグビーめし』に認定。ラグビーボールの形をしたメンチカツと地元の葉物野菜を使った花園丼が最優秀に選ばれました。2019年ラグビーワールドカップに向けて観光客のおもてなしにも力を入れてます。